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■ 医療事故
医療事故が頻発し,医療に対する信頼感を揺るがす社会的問題となっています.東京慈恵医大・青戸病院の内視鏡による前立腺の手術ミス,東京女子医大の心臓手術の事故と隠蔽事件,埼玉医大の抗ガン剤の過剰投与事件,このように医療事故の中には確かに許し難い事故もあります.しかしそれはきわめてまれな例です.
マスコミはこのようなきわめて悪質な医療事故を報道し,医療全体の不信をあおっていますが,現場の医師は事故を起こさないように細心の注意を払い,神経をすり減らしながら診療にあたっているのです.患者さんの病気を良くしたいと思うのが,医療従事者として当たり前の気持ちです.
医療事故には不可抗力の部分があります.たとえばトラックが徹夜で運転して,翌日事故を起こせば事業主が罰せられます.しかし医師の場合は徹夜明けの診察や手術は当たり前です.過労や寝不足が招いた医療事故が多くありますが,そのような背景は決して報道されません.診察や手術は緊張の連続です.医師や看護師に時間的余裕があれば起きなかった事故も多く含まれています.
アメリカでは医療関係者の労働条件を改善すれば,医療事故は防げるという調査報告書が出て,医療事故防止策として医師や看護師の増員がなされました.しかし日本では医師の精神力のたるみ,おごりが原因と決めつけ,医療事故を個人的資質の問題とする雰囲気があります.
また医学部の定員は減らされ,国立の看護学校も減らされています.医療の未熟な医師も問題になっていますが,それを指導する医師も不足しています.指導医も忙しすぎて十分な教育ができないのです.アメリカのように医療事故の根本的原因はなにかを議論しないで,みせかけの防止策では医療の安全性には結びつきません.
最近,日本で凶悪犯罪が増えたことから警察官の増員が決定しています.医療事故も医師や看護師の数を増やすことで防止するという発想がなぜなされないのでしょうか.
医療事故の多くは手術,あるいは予期せぬ患者さんの経過によって起きています.医療事故はどんなに注意しても起きるものです.どのようなクスリにも副作用があるするように,どのような医療行為にも思わぬ悪い結果がひそんでいます.
たとえば採血でも20回に一回は失敗するように,採血の失敗はよくあることです.この採血の失敗が問題にならないのは,医師や看護師の技量が悪いのではなく,患者さんの血管が細かったり,もろかったりすることが多くの原因であり,このことを患者さんも納得しているからです.
医療ミスの多くは手術によるものですが,採血ミスと同じようにどれほど注意しても血管を傷つけたりすることは,医師の技量よりも患者さんの身体の要因が複雑に関与していることが多いのです.
ベテランの運転手でも自動車を運転しているかぎり事故の可能性があるように,どれほど注意しても医療において事故はつきものなのです.医学の進歩にともない,クスリの種類,治療法の種類,手術の方法も飛躍的に増えました.治療そのものが複雑化しています.内科の医師でも内科全体をカバー仕切れないほどです.なぜ悪い結果になったのか,患者さんや家族は医療行為と結びつけて考えようとしますが,なぜ悪い結果になったのか医師でも分からないことが多いのです.それほど人間の身体は複雑なのです.
医療には危険性が伴います.その認識と説明が必要ですが,まだ十分とはいえません.このように医療には事故は不可避であるという認識と,事故をいかに少なく,また安全性をいかに高めるかの具体案が必要です.一日10人の患者さんを診察するのと,一日100人の患者さんを診察するのでは,精神的疲労はまるで違います.医師も人間です.集中力を保つためにも,医療には時間的余裕が必要なのです.
医療事故のほとんどが診療所ではなく,大学病院や地域の中核病院で多発している事実は,病院職員の多忙,医療の高度化が関係しています.複雑な医療行為が過密な労働条件のもとで行われています.医師や看護師にとって病院は戦場であり,またカルテ書きや書類が多すぎます.病院職員の多忙と寝不足を解消するには医師や看護師を増やすことが必要であり,マンパワーの充実が医療事故の防止に結びつくと思います.
抗ガン剤によって癌が治る患者さんもいますが,副作用だけの患者さんもいます.病気の治療には良い結果と,悪い結果があります.そして悪い結果の場合,それを医療ミスと結びつけられるきらいがあります.医療ミスの多発により,理不尽な訴え,クレームが多くなっています.そのため医師や看護師のやる気が低下するという現実が生じています.医師を批判することが医療の改善に向かうならそれは良いことです.しかし理不尽な非難は医師のやる気を低下させ,医療訴訟が頭にちらつくと,事なかれ主義の防衛医療,保身的医療になる恐れがあります.
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